シン仮面ライダー

なにも、なにもしたくない、なにもしたくなくても、家事と労働はしなくてはいけないので結局のところそれらで人生が埋め尽くされてさらになにもしたくなくなるのではないか。つまりなにかしなくてはいけないのでは? つらぁ。

シン仮面ライダーを観てきた。0点か120点の怪作みたいな言われ方をしているが、わたしはあんまり楽しめないほうだった。映画の中に配置された人間ドラマがどれもとってつけたようなもののように感じられてしまった。

なんというか、シンシリーズは壮大なギャグというか、大人たちの本気の悪ふざけという感じがする。シンエヴァで本気なのかギャグなのかわからなくてみんな困惑したじゃん、あれがずっと続いてる。それは異常なクオリティで作られた張りぼてのようなもので、オリジナルへの敬意と最新の技術技法が合わさった芸術だが、中身がない。

シンゴジラでは震災が、シンエヴァでは私たちの今までのエヴァの視聴体験が、その張りぼての中身を満たしていたように思える。シンシリーズは完璧な張りぼてで、受け手が自信の記憶と経験でその中身にテーマを実体化させて初めて完成するように感じる。そういった意味で、シンウルトラマンとシン仮面ライダーは、わたしが満たすべき実体をもっていなかった。私の隣にすわっていた人(他人である)は上映中になにかをぶつぶつつぶやき、そして終わったとに拍手喝采していたので、彼にはなにか、満たすべきものがあったのだろう。でも映画はもうちょっと静かに観てほしかった。

そしてカレーを食べて帰った。