受け身の対応者

Twitterで呟くと思考が回るみたいな現象は確かにある。それは誰かのツイートに反応したら、誰かがそれとなく反応してくれたりするからかもしれないし、あるいは1ツイートという投稿することで確定させ、それが修正できない、そしていつでもぶつ切りで止めることができるという気軽さ、そういうのがうまいこと機能して、Twitterは思考が回る、気がする。これだけがTwitterの唯一の利点であると私は思っていて、他に利点は何もない。

 

受け身の対応者という言葉について考える。これはスティールボールランでリンゴォロードアゲインがジャイロにいう言葉で、対応する技術だけを研ぎ澄ました人間では到達できない領域があり、そこには漆黒の殺意が必要であるみたいな話だ。

 

ところで私の生活というのは全く反応しかないなとここ数年思っている。私はやってくる仕事や家事を捌いており、自分のやりたいことなどないという気がしてしまう。という日々の中で

リンゴォロードアゲインの対応者という言葉を思い出した。

 

それは単なる連想でしかないが。