社会

芥川龍之介だかの有名なセリフで、世間とはお前だみたいなのながあるけど、では社会とはなんなのか。社会がつく言葉というのはどうにも胡散臭い。ふと思ったがソーシャルゲームという呼称はまだ使われているのだろうか。あれらのゲームを総称してなんと呼ぶのだろう。ギャンブル…?

最近は社会復帰のためにリハビリしなきゃなあと思って活動しているが、その復帰すべき社会とはなんなのだろう。社会人という言葉も違和感があり、では学生は社会の構成員ではないのかとか。これらのどうしようもない胡散臭さというのは社会という曖昧な言葉によってある特定の範囲を指示し、社会であるものと社会でないものを恣意的に分けているところだろうと思う。社会人という言葉を使うひとは社会を労働者によって構成されるものだと見なしている、いやだから社会人でないひとはなんなんだっていう話で、非社会人とか反社会人とでも名乗ればいいのか。

非常に広い意味を持つ言葉を、特定の対象の指示のみに使うことは、差別的な世界観を含んでいる。

iOS アプリの勉強をしている

最近 iOS アプリの作り方を勉強している。 iOS も swift も更新が早いのでネットの情報はどんどん劣化するのでいったいなにを当てにすればいいのかわからない。それでも適当にやっていると xcode がおせっかいを焼いてくれるのでなんとかなる。

web はひとつのサービスを構成する技術要素が膨大で、つまりサーバーからブラウザまでいろんなものが組み合わさってプロダクトができているのでとにかく大変だと言う感じだった。比べて iOS アプリは swift と xcode さえあればとりあえず動く。入出力のハード的要素も気にしなくていい。だからなのかさくさくと勉強が進んで楽しい。しかも Apple にお金を払わなくても実機動作ができる。

ところで、私はそこそこにいろいろなことを勉強しているがそれぞれがとくになんにも身にならなくて暗澹たる気持ちに定期的になる。

キーボードを買った

最近キーボードを買った。

Bluetooth のペアリングが3つまで登録できるので iPhoneiPad に繋いでつかっている。ちょっとまとまった文章を書きたいなどのとき、ノートパソコンを開くのはだるいし、かといってフリッ ク入力もまただるいという問題があり、キーボードを部屋に放っておくとそれが解決する。

わたしが知らない間に iPad のキーボード対応は目覚ましく進化していて、キーボードショートカットなどが使えるし、command + tab でアプリ切り替えなどもできるので良い感じです。

リンク貼るために今調べてみたら3000円くらいしてる、私が買った時はセールで2000円くらいだった。

Mac の一部アプリで日本語入力時に揺れる問題

mac で日本語入力するときに文字が揺れてイライラする。

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これは day one という有料アプリです。日本語を入力するとこのように文字が上下にガタガタ揺れます。 まあ1000000歩譲ってサードパーティだから大目に見よう。ところで、

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これは mac 純正のメモアプリです(gif にするときになんか画像が変になった)。揺れます。

実は回避方法は存在して、日本語フォントを指定すればいいんだけど、これらのアプリは設定でフォントを変えられない or 日本語フォントを指定できないのでどうしようもない。

悪意を増幅する形式

今日も今日とてインターネットは燃えている。炎上というのはいつ誰にやってくるかわからないもので、しかしわたしは大丈夫だろうと思ってしまう。それは自分にはそんな不幸は降りかからないだろうという油断でもあり、自分はそんな炎上するほどの影響力はないという卑下でもある。

RT と Like によって影響力が可視化されるし、通知という形で生活に侵入してくる。欲望が喚起される、というよりも欲望が作られる。自己顕示欲の達成を形にするシステムだ。

炎上やバズるものというのは形式においてオリジナルであることはあまりなくて、ついったーでいうと会話形式のものとか、あと心に呼びかけるやつとか、テンプレートがすでにあって、テンプレートと素材とあとなんかいろいろがいい感じに組み合わさるとバズっている感じがする。

テンプレートのなかでも悪意を表現するタイプのやつは強力で、自己顕示欲と悪意の形式が個人の小さな悪意を増幅している気がする。

時間を記録する

暇なので App Store をだらだらみてたら タイムトラッキングの toggl がなんか新しいアプリを出していた。

 

https://superday.toggl.com/

 

Toggl のサービスとは紐付いてなくてローカルにだけデータを保存して生活の時間ログをとるためのアプリらしい。使ってみるといろいろと割り切っている感じが良い。

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右下にぐるっと出ているアイコンが行動のカテゴリーで、これを選んでログをとっていく。行動について詳細な説明を入力することはできないし、自分で新しいカテゴリーを定義することもできない。

このログを見ると1時間ほどかけて飯をつくり(Household)、20分で食っていることがわかる(Food)。具体的には豚汁なのだが、こういう細かいことは入力できない。こういう感じで記録していく。

GPS の常時使用許可が必須になっていて、場所を移動するとその時間を記録しておいてくれるので、あとから行動を割り付けられる。

Toggl 自体もそうだけど「なんでもできる」という方向よりも、ユースケースを絞って削ぎ落としていくという感じみたいだ。時間を記録するという行為はやろうとすると無限に手間をかけられるのでそういうアプローチは好感がもてる。つまり記録すべきものとそうでないものをサービス側が定義してくれて自分では増やせないというやつ。

飽きるまで使っていこうとおもう。

 

役所と怒られ

市役所から色々と届いていたが開封できずに何日か何ヶ月か経っていた。郵便物というのはこわいし、電話もこわい。だいたいそれらはわたしを怒るためにやってくる。出れば怒られるというのになぜ出るだろうか。おもえば進研ゼミのころから郵便物は憂鬱だった。しかしいつまでも無視し続けるわけにもいかないし、溜めすぎるとどうにも体調が悪化するので頑張って今日まとめてこなしてきた。税金などかなりぐちゃっとなっていたが市役所の人がうまい感じにさばいてくれてことなきを得た。プロはすごい。労働は尊い。思いのほか金がないのは働いていないからであって、しかも色々あって出費がかさんでいる。家計はよくわからない感じになっている。もうビットコインでひとやま当てるしかないかもしれない。やめよう。わたしは人に怒られるのが極端に嫌いで、人になにか言われるとすぐに怒られたとおもってしまう。そして怒られたというと、そのひとはべつに怒ってないと言い、ちょっと変な空気になってしまうことが多い。だから市役所なども行くと怒られるのではないかと思ってつい行けなくなる。しかし怒られるとは一体なんなのだろう。怒るとはいったいなんなのだろう。何人たりともわたしの価値を毀損することはできない、侵すことはできないと思っていても、実際に怒られたり失望されたりすると肉体の一部を失うような喪失感と恐怖がある。