郵便物をポストに投函するというタスクを私は大体1週間を見積もる

郵便物をポストに投函するというタスクを私は大体1週間を見積もる。それほどに難しい。ポストの前を通りかかった時に、ちょうどよく、ポストに投函すべき郵便物を持っていることを思い出すというのは天文学的確立に等しい、というのはまあ冗談にしても、実際の話、玄関を出る時に手にとった郵便物の記憶を、ポストまで保持する、もしくはポストにたどり着いた時点で復帰する方法が全くわからん。3歩歩いたら忘れる。そして日常動作の反復になり、気付いたら会社ないしは自宅についている。

何かのついでにやるからダメなんだ、よし! ポストに行くぞ! という純粋な目的で外に出ればいいが、しかしせっかく外出するのだからとコンビニに行ったりするとすぐに郵便物のことを忘れてしまい、思い出すのは寝る直前とかだ。

私は意識の幅のようなものが狭いのかもしれないと思う。手に持っているものでも意識から外れると存在しないものとなってしまう。何かものをなくした時、最後にどこに置いたのかなどと聞かれるが、意識の外側のものは無意識にどこかに置いてしまうので最後にどこに置いたかはわからない。それは置く以前になくなっている。

人々は何か作業や考え事や日常的反復動作をしながらでもある程度のことを意識の内側にスタックしておける。いや、それも程度問題だ。どれくらいの事柄を意識にスタックできるかは人それぞれだし、例えばそれは朝ごはんを作りながらトースターのパンが焦げるようなものだろう。

ある程度は諦めている。無理なものは無理なのだ。私は郵便物を持ち、気づくとすでに会社についている。キングクリムゾンみたいに。大体の郵便物はそんなに重要ではないし、焦げたパンだって食える。