「自分の小さな「箱」から脱出する方法」感想

いわゆる自己啓発本? というやつで、こういうのを読んでいるというのはちょっと恥ずかしいので、ネットで評判がよかったとか、図書館にたまたまあったとかつらつら言い訳を書こうかとおもったけどそれはそれで微妙だなとおもった。

管理職の主人公が上司とミーティングをして、自己を啓発していくという感じの物語仕立てになっていて、なんでこう物語にするのが好きなのだろう、かったるくて仕方がない、かったるいので結局読み切っていない。読んでいない本について語ることは良くないという意見がありますが、わたしもそう思います。

めんどくさい物語をすっとばしてぱらぱらとページをめくるとこの本が言わんとしていることがわかりやすくまとまっている図があったのでさらにざっくりと要約すると

自分が他人のためにすべきだと感じたことに背く行動をする → その行動を正当化するような自己欺瞞をする → 自己欺瞞のもとに世界をみるようになる(この状態を箱に入っていると呼ぶ)

ということらしい。なるほどー、あるあるー、すっぱいぶどうみたいなやつだ。そんでその箱から出る方法はどんなんなのだろうとまた最後のほうまでページをめくってみる。箱の外に出る方法は「相手を一人の人間として尊重すること」とのことだ。もう少し詳しくいうならば、「箱の外の人間関係(会社の同僚とか)」への接し方を「箱の中の人間関係(奥さんとか)」に適用してみようということらしい。なるほどー、親しき仲にも礼儀ありという感じだ、わたしも言われたことあるよ。内容についてはそんな感じでした。人間を尊重しましょう。

ところでなぜこの本は、エリート管理職とその上司のミーティングという物語を採用しているのだろうか。この箱から脱出する方法は、あたかも上司の経験則から導き出されたかのように語られる。上司自身が自分の若いころの失敗談を話し、わたしはこうして失敗を乗り越えた、君もそうするといいという感じだ。なぜ専門家によるカウンセリングではないのだろうか。ここにターゲットとする読者層への配慮のようなものが感じられる。

この本のターゲットは「社会不安障害に悩む無職」ではなくて、「バリバリ働く管理職」なのだろう。ある程度成功している人間がさらに成功する為の方法だ。本の冒頭に監修者による前書きがあるのだが、ベンツを乗り回しているお金持ちにも悩みはあるみたいな薄っぺらいエピソードが書かれており、一体なんなんだこいつはという気持ちになったが、それに共感できるような人に向けて書かれているのだ。

そんなわけでカウンセリングを受けるとか治療を受けるというのは彼らの自尊心を傷つけてしまうので、上司とのミーティングという形をとっているのだろう。

箱に入ってしまう行動の発端が「自分が他人のためにすべきだと感じたことに背く行動をする」というのも気になるところで、自分の直感的な道徳感覚についての反省はここには見られない。むしろ、直感的な道徳感覚に背いたからこそ自己欺瞞に囚われてしまっている、本来の自分の在り方からずれた状態にある、という現実への解釈なのではないか。ここに自分の直感への信仰が見られるとわたしは思う。自分の現在を自己欺瞞的であると自認しながらも直感の正しさは揺らいでいない。

だから逆に言えば、直感に従い、他者を尊重すれば真の認識に立ち戻ることができ、仕事はうまくいき、チームはガンガン成果を出し、会社の業績もアップして、あっという間に昇進できる。これもまた自尊心への配慮である。彼らは本質的にはなにも間違っていない。彼らは本質的に正しく、一時的な欺瞞にいるのであって、本質へと戻ることができれば、その本質の正しさにより成功が約束されていると言っている。

いまわたしは難癖をつけている、さきほど「言っている」と断言したが、最初に書いたようにわたしはちゃんと本を読んでない。つまりようするに気に入らないのだ。偶然運が良かったから成功できた人間が、肥大した自己肯定感と直感を振り回すこと、それを反省している振りをしながらも、結局のところ直感への信仰を強化していること、そういうことが気に入らない。あとこれは自己啓発本によくあることなんだが、成功というのが資本主義的なものに設定されていることもわたしは嫌いだ、労働者を対象にしているにも関わらず。

ということで、「自分の小さな「箱」から脱出する方」おすすめです。