本を売ります

コピー本を作る作業をした。原稿をPDFでつくって、セブンの冊子コピーという機能をつくると中綴じに組み直して出力してくれる。めちゃ便利だ。紙を折ってホチキスで綴じる作業はだるいが、本ができると思いやはり嬉しい。

この時代にわざわざ紙の本をつくる意味があるのかとかおもってしまうけど、本の形になるというのは楽しい。本の形が重要だ。

というわけで本を売ります。

「シーシュポスは幸福と想わねばならない」
60p•430円
販売: 双子のライオン堂書店(赤坂)
2/25(土)〜

日記を書く読む。魅力にせまるブックフェア

どういう本かというと、わたしの日記です。15年分くらい。誰が欲しいんだ? 誰も。

風呂, 金, 日記

以前書いた金銭トラブルだが、こちらの主張が全て認められるかたちで終わった。よかったよかった。判例を参照しても俄然有利だったので、まあ訴訟になってもいけるだろうなとおもっていたけど、訴訟は嫌なのでと向こうが全部飲んでくれた。よかったよかった。裁判をやるとしたら、金額が少ないので少額訴訟だったろうけど、人生経験の一つとしてやってみてもいいかなという気持ちだったので残念感はある。めんどくさくなく終わるのが一番だが。

銭湯が近い。家から徒歩1分のところに銭湯がある。じつは銭湯の近くに住むのはこれで3連続だ。べつに狙っているわけでも銭湯が特段好きなわけでもないが偶然そうなった。というわけで昨晩は銭湯にいった。夜10時以降は100円引きだ。

そういえばコピー本を作らなければいけないのだった。

https://liondo.jp/?p=2297

これに参加して自分の日記を本にして売ることになった(正気か?)。高校生のころの日記を読み返してダメージを受ける等の作業をやっている。

なんか、つらい

なんかつらいな。まずいまちょっと金銭トラブルを抱えている。大した額ではないのだが、大した額ではないからこそ全部自分でやらなくてはいけなくてだるい。まず相手に連絡する、特に電話するのがストレスなんだよな、わたしはそもそも電話が嫌いだしな。

22時に寝て、6時に起きるようにしているのだが、朝の6時は今の時期はまだ夜明け前なのでうまく起床できない。結局二度寝して7時くらいになってしまう。朝が慌ただしいし、朝の作業時間もとれない。

労働はそれが最良のものであっても最悪である。なので労働について特に書くことはない。

あと昨日の荒れた天気。そういうようなことが重なってなんだかつらいなという気分になっている。今日は早起きができたのでカフェで朝ごはんを食べている。

今村仁司の『仕事』という本を読んだ。古代ギリシャ、中世、近代、現代の労働観の変化についてまとめたもので、とてもわかりやすかった。Amazonで中古が安く売ってるのでおすすめです。

そういえば正月のやっていたテレビで、五児の母がパン作り教室でお金を稼ぐみたいなやつをやっていた。その人の旦那さんはコンサルらしくて家庭の収入は十分にあるようだったが、その奥さんにとっては自分でパン作り教室で利益を出すことが自己実現的なあれだとおもっているらしくて、なるほどなーと思った。

生活の糧はあるんだから趣味でやればいいのにな。金というものが、価値対称性の機能を超えて人間の実存と結びついてしまっている良い例だなとおもった。わたしもたまに同人誌をつくったり、友達の本に文章を書いたりするが、儲けられるとは全く思っていないので原価で、つまり印刷代でやっている。以前出版社の方と飲んだときに、同人誌をつくるモチベーション、儲からないし売れないのになぜ、みたいな話になったけど、わたしは生活の糧は労働で得ているので本は趣味だし、儲からないくても売れなくても読んでもらえなくてもいいと思っているなと思った。これはわりと幸せなやりかたなのだろう。

あるいは年収の多寡が、生活の糧である以上にまるで自分の価値であるかのように感じてしまうというのもわかる。金は恐ろしく、人間は愚かなので。

書くべきことについて

『できる研究者の論文生産術』という本を最近TLでよく見かける。わたしもたしか持っていたなと思って、再読してみた。心理学者が書いたもので、どうすれば論文がたくさん書けるか、というかなぜ論文をたくさん書けないのかという著書にとって身近で深刻な問題について書いてある。答えはシンプルで、とにかく毎日決まった時間に書けというだけだ。良い本だと思う。邦訳のタイトルが悪い、これでは質の悪い自己啓発書のようだ。原題はたぶん『How to Write a Lot』で、こちらのほうがシンプルで良い。

わたしはべつに研究者でも作家でもライターでもないただの労働者なので、労働と生活を繰り返していればいいだけなのだが、なぜこういう本を買ってしまうのだろうか。書くべきことなどなにもないのに。偏執的であるとおもう。

生産への信仰というか崇拝のようなものがある。社会の構成員のほとんどは労働者であって、私たちは世界に残る物をつくりはしない。すぐさま消費されるものをつくって、そして他の労働者のつくったものを消費して暮らしている。それが幸せだと思っているし、それ以外の幸せをしらない。そして同時に製作者への憧れをもっており、わたしの仕事は消費し消費される労働ではなく、世界に残る物の製作なのだと信じたがっている。

しかしまあ、確かに頭がおかしくなりそうだよなと思う。すべてが消費によって回っている。労働によって作られるものはすべて、それそのものでは何の意味もなくて、消費するされるのサイクルに入るとき、その運動の過程で初めて意味がある。だから、それそのもので意味のあるものを作りたい。製作者への憧れというのはつまりそういうことなのだろう。

つまりやっぱり、なにかを書くべきなのだ。

カオマンガイ

朝、起きるときに最近はとてもだるい。何もかもだるいなという気持ちで起きるのが嫌になる。というかんじが続いている。習慣を作らなければだめだ。甘えていてはいけない。という気持ちになっている。めんどくさい。

相変わらず寝るのは10時くらいで、朝は6時くらいに目が覚めるのだけど、まだ暗いし、だるいなって気分で寝てしまって、結局7時くらいに起きている。そもそも6時に起きるのは朝の準備をする前にじぶんの時間を確保したいという理由で、そうなると休日は朝早起きするインセンティブというか切実さがなくなる。そういう環境の変化に影響されない頑強な習慣がほしい。

昨晩はカオマンガイをつくった。カオマンガイという料理を知ったのは10年くらい前だろうか。安全ちゃんの肉食宇宙というサイトで知った。無限に米が食える料理だ。それいらいちょくちょくつくっている。当時は鍋で湯を沸かしてつくっていたが、最近は低温調理だの圧力鍋だの機材が充実しているので精度の高いカオマンガイがつくれる。安全ちゃん、結構好きで追っていたんだが、もうライターはやめてしまったのだろうか。

カオマンガイのつくりかたは簡単で、おろしたニンニクと生姜、塩と鶏肉を米と炊くというだけだ。本来はもっと手間のかけた作り方があるらしいけど、これが楽で美味い。鶏肉を低温調理して出てきた鶏油と米を炊く、圧力鍋に全部ぶちこんで炊くなどすると肉が柔らかくてさらに良い。今回は圧力鍋でつくった。水を入れすぎて米がもちゃっとなってしまった。これに酢と醤油と砂糖を混ぜたタレをかけて食べる。タレの作り方もいろいろいあって、味噌を混ぜるレシピとかもある。うまい。

カオマンガイは米に鶏肉を添えるのだが、わたしは鶏肉は刻んで米と混ぜてしまう。一度の大量につくるのでしばらくカオマンガイを食べ続けることになるので、肉と米をべつべつに保存するのは手間だからだ。混ぜてしまえばタッパーから皿によそるだけで済む。

正月

正月とはいってもわたしはあまり季節感とかそういう行事を大切にしないというか、蔑ろにするほうなのであまり意味がない。カフェとかやってなくて行くところがないなと思うくらいだ。いや、正月から営業なんてしないほうがいいんだが。

無限に文章が書ける人というのがたまにいるらしい。そういう人は書きすぎて削るのが大変らしいのだが、書けないよりはかなりいいだろうと思う。わたしはそういう人ではない。べつに書くことを仕事にしているわけでもそうしたいわけでもないからいいんだけど。そうおもった。

ブログを再開しようとおもってから一年くらい経ったなと思う。一年間でどれくらい書いたのだろうな。さくっと調べられるかと思ったらなんかできなくて結局わからない仕舞いだ。

そういえば必要に迫られて年賀状を書いたのだが、めんどくさくて死にそうだった。なんだこれは。なんでこんなことしなきゃいけないんだ。しかも金がかかるしという気持ちでいっぱいだった。そんなわけで年賀状がわたしにも届くわけだが、一読もせずに捨てたい。わたしはなぜ労働を通して人間関係を築くことができないのだろうか。まあべつに悩んでないのだけど、なにかこう、潔癖的なものを感じる。みんな、みんなってだれだかわからないけど、みんなはもっと労働と私生活の境界が曖昧な気がする。というか労働と実存の境界が曖昧なのかもしれない。わたしは労働に実存が侵食されないようにいつも必死になっている。

というか、わたしにはやるべきことがあるというか、締切過ぎてるんだけどまあ明日でいいか、正月だしな、明日から本気出す。

peak design のバッグを買った

最近いろいろ出費があって、金銭感覚がゆるくなって peak design のスリングバッグを衝動買いしてしまった。6Lのやつ。衝動買いはよくない。わたしは欲しいものはだいたい半年以上は考える。べつに$100くらいなので衝動買いしてもいいのでは?

peak design 、なんとなく高いカメラストラップ屋だと思っていたが、いつの間にやらバッグ屋みたいになっていた。実際にモノはとても良くて、作りもしっかりしているし、いろいろと便利にできている。あと生涯保証らしくて、壊れたら取り替えてくれるらしい 。すごい。服とかバッグとか靴とか、気に入ったものを買っても使うほどに消耗していってしまうのが悲しいので生涯保証というのは良いシステムだとおもう。これは、あれだ、いわゆる今年買ってよかったものだ。