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her story が面白かった

面白かった! が、どのようなゲームが語るわけにはいかない、前情報一切なしでやってほしいからだ。というわけで関係ないことを書く。

ゲームというのはまあだいたいつまらなくて、しかしたまに体験が直接ぶち込まれるみたいなことが発生し、そういう時はゲームやっててよかったーという気持ちで満たされる。

多くの創作物が受け手に体験を提供することを一つの目的にしているとおもうのだけど、ゲームに関しては純度が高い気がする。わたしはクリエイターの人が頑張ってるマンガが好きなのだけど、例えばG戦場ヘヴンズドアとか、そういうのを読んで感動している自分は部屋で寝っ転がってポテチ食いながらマンガ読んでるだけだという事実がある。これは笑い話のようで案外重要なんじゃないかと思う。

ゲームにおいてはわたしはキャラクターを操作している。部屋で寝っ転がってポテチを食いながら、しかしマリオはわたしが操作していて、その部分が体験を体験たらしめている気がする。

her story や pony island においてはプレイヤーとキャラクターの距離が極めて近い。マリオがジャンプするとかわたしはボタンを押してるだけだが、先の二つのゲームにおいては、わたしの行為とキャラクターの行為はほぼ一致する。

物語を読み、展開し、体験するという手順ではなく、物語を行うというのはやはりゲームにしかできないのではないかと思うというか、それができるものをゲームと呼んでいる気もする。とにかくゲームって良いなあと実感したのでよかった。

 

本を読むついでに

だいたい電車に乗ってる時は本を読んでるかiPhoneをいじっている。これには結構大きな違いがあって、本を読んでると、本を読むついでに電車に乗ってる気持ちになるけど、iPhoneをいじぅてると電車の暇つぶしにiPhoneをいじってるという気持ちになる。消耗としては後者の方が大きい気がするけど本を読むのも疲れるので結局どうなのだろう。

期待するとダメだった時にとても痛いというのがあり、わたしは人と遊ぶ時は、すっぽかされるかもしれないと思いながら出かける。店に行く時は急な休みかもしれないとおもうし、イベントはクソつまらないかもしれないと思う。最悪なにもかもが最悪であっても、本を読んで写真を撮って帰ってくればいいやという気持ちだ。

とにかく電車で本を読むのはおすすめです。

ギリギリさに気づく

最近ポストを開けてないなと思った。開けてみると郵便物がたくさんと不在届が3枚入っていた。3枚のうち2枚は保管期間が過ぎていた。

つまり一週間以上ポストを確認していなかったということになる。

今年になって気づいたことは私が予想以上に環境の変化に弱いということだ。死んでないのでやっていけてはいるが、こういうところで歪みがでるのかあという発見であった。

毎日やること

毎日やることは良い。

勉強にしても読書にしてもプログラムにしても、毎日やると脳がそのモードを維持する。

昨年末から先週くらいまで、毎日英文法の勉強をしていたのだけど、その期間は脳が英文法のモードを維持していた。この状態は楽しくて、教科書を開くと昨日のつづきからすぐ始められる。

これを一度休むと、脳のモードが途切れてしまって、久しぶりに勉強するかと言う時にモードの呼び出しにとても時間がかかる。つまり一週間くらい英語の勉強をしていない今のことなんだけど。この状態で勉強を続けるのはつらい。

つまりある一定の期間、毎日、ガッとやるのが効率的で楽しい気がする。いくつかのことを断続的にだらだら長くやるのは、モードの切り替えなどでイライラするし非効率な気がする。

 

漠然とした不安と混乱した思考

今朝、起き抜けに漠然とした不安に捕まってしまい、混乱したまま半日くらい過ごしてしまった。その間は不安が延々に頭の中を回転し続け、同じことを考え続け、同じ絶望的な答えに辿り着き続けていた。

銭湯に行き、落ち着いて冷静になってみるとそんなに大したことではなかった。というか、ともかく工夫してやっていくしかない。

わたしがどれだけ不安になろうとやるべきことはあまり変わらず、問題は依然としてそこにあり、対処していくしかない。なのであまり不安になり過ぎないことが肝要だと思う。

混乱というのもあり、混乱してしまうとともかくうまく考えられない。うまくない考えは同じところを何度も回って筋の悪い着地を繰り返すので本当に体に悪い。混乱したら一刻も早く冷静になるべきだし、肉体的な刺激は良い。布団の中で混乱して布団の中に居続けると何もよくならない。

というのはもう何度も経験していることなんだけどなかなか毎回同じようにダメになってしまう。生きることはとかく難しい。とかく の使い方に自信がない。

人がたくさんいるということ

月並みな感想だが、東京には人がたくさんいる。

こんなにたくさんの人が仕事をしていて、こんなにたくさんのひとがやるほど仕事があるというがすごい、そんなに一体何があるんだ。

しかし、たくさんのひとが経済活動をして、複雑さと戦い続けているから文明があり、アマゾンが届いたり災害対応できたりケータイがつながったりしている。

たくさんの人間というのは絵面としてかなり気持ち悪くて、もっとスッキリしてほしいと生理的に思うけど、このようにして人類が社会が引いては個人が厳しい自然の中で生存しているのだなあなどと思った。

考えるのをやめること

割と大きく環境が変わった。朝早く起きなければいけなくなったし、とにかく慣れないことばかりで大変だ。新しい環境はストレスが大きい。

 

ふと以前の状況と比べると、慣れ親しんだ環境は懐かしく、ここに来なければよかったと思ってしまったりする。あの牧歌的な世界でぼんやりとやっていればよかった。

 

わたしがいまやるべきことは考えるのをやめることなんだろうと思う。考えるのをやめて、できる限り休んで、効率的に、新しい生活に慣れる。試行錯誤と小さな改善で生活を良くしていく。

 

疲れている時にものを考えるとだいたい破滅的になって良くない。良くないことしかない。とにかくいまは眠ろうと思った。